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ケースブック憲法解答第3節設問14まで
 第3節 国家と宗教
設問1
(1)
多数の宗教に対し、信教の自由の保障を及ぼしうる点で相当だと思う
(2)
思想に宗教的価値が付加されれば信教の自由であると考えれば、区別可能だと思う。

設問2〜5未検討

設問6
いずれとも解しうると思う。
これは、表現の自由の規制に関する内容規制、内容中立規制にも同様に当てはまる議論。

設問7
●判例1
信教の自由も外部的行為にわたる限り、公共の福祉による制約を受ける、とした。具体的には行為が著しく反社会的といえる場合には信教の自由も制約される。
なお本件は個人適法益に対する侵害であると思う。また、信教の自由に中立的な規制であると思う。

●判例2
「正当な業務行為」であれば違法性が阻却されるとした。具体的には、宗教上の業務の範囲内であり、かつ、かかる業務が社会通念上相当なものであれば、公共の福祉による制約は認められないとした。
なお、本件は国家適法益に対する侵害であると思う。また、信教の自由に中立的な規制であると思う。

判例3
本判例は、週居法人の解散に伴う「なんら間の不利益」が生じることを認め、かかる構成員の信教の自由への配慮を要するとしつつも、_鮖玉仁畧度の目的の世俗性、合理性解散の必要性6誼弔よび信者の宗教的行為に生じる支障の軽微性ぜ蠡海の適正などを理由に挙げ、解散命令を適法とした。
なお、本件は個人適法益にたいする侵害であると考える。また、特定宗教に対する意図的な介入である。

*個人適法益に対する侵害・特定の宗教に対する意図的な介入は厳格に審査される。
cf百選P85、ロープラクティスP37)

設問8 未検討

設問9
これは問題文が微妙です。ロープラクティス37ページの(d)のことを言っているんだと思います。
別の解釈として、信教の自由だから制約するという話であれば、そもそも、信教の自由が公共の福祉に服するのはあくまでその外部的事項に着目した規制のみに限られるはずである。故にそもそも制約可能性が無いのではないかと考える。この点で信教の銃は表現の自由より厳しい判断基準となるのではないか。

設問10
判例はあくまで外部的事項の秩序を取り締まる。国民の内心の秩序を維持することは要求されない。

政教分離

設問11
20条3項の宗教的活動とは、その目的が宗教的意義を持ち、その効果が宗教に対する援助・助長・促進または、圧迫・干渉になるような行為を言うとする考えだと思う

設問12
(1)私見は反対。この点、寺社等への補助、宗教学校への補助金等の例を挙げて、国家と宗教との係わり合いは不可避であるとして、かかる見解を肯定する見解もある。
しかし、これらは文化財保護、文教政策といった観点からなされるものであり、これをもって直ちに政治と宗教がむすびついたとは言えないとおもう。
(2)現実問題として、消極国家だから完全な分離が可能ということにはならないとおもう。この点、判例は福祉国家であることのみを理由としてあげている点で妥当でないと思う。

設問13
宗教的に中立的な規制の場合説明可能であると思う
しかし、宗教的活動ゆえの規制については当てはまらないと思う

設問14
不可分である以上、ある程度緩やかに解さざるを得ないと思う

author:, category:ケースブック憲法解答, 02:33
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ケースブック憲法解答(第一章1~2節)

 このカテゴリではケースブック憲法第2版(弘文堂)の解答を載せたいと思います。

間違いがあればご指摘いただけるとうれしいです(笑)

第一章
第一節「二重の基準論」

設問1
(1)
精神的自由権→内容規制→厳格審査
         →内容中立規制→LRA(中間審査)
経済的自由権→消極目的規制→厳格な合理性の基準(中間審査)
         →積極目的規制→合理性の基準
(2)
第1次的には人権の性質を重視して判断する基準だから

設問2
民主性の過程が損なわれた場合に、これを是正する最後のとrでとして、裁判所の司法審査の役割が重要となる

設問3
(1)重要な人権侵害が問題となるときは積極的に司法的介入を為すべき
(2)芸術的表現、自己決定権はいずれも重要な人権→積極的な司法的介入が為されるべき

設問4
本来裁判所は世辞的中立性が要求される。
しかし、裁判所は少数派の人権保障をもその職責とする。そこで、他と民主的な政治部門の判断、決定であろうとも、それが憲法に違反するならば、司法的判断を下すべきである。
このように解しては、国会の立法権を害する(三権分立に反する)のではないかが問題となりうる。しかし、かかる司法的介入は国民からの求めがあって初めて行使される消極的権能であるし、裁判所にも一定の民主的統制(国民審査79条)が及ぶ以上、許容されると考える

設問5
(1)妥当。
(2)常にとはいえない。故に、専門的判断を要しあい事項については、個人の尊厳との密度から基準を組み立てる必要がある。

設問6
(1)
井上
ー由の核心は人格的自立性(自己の人生選択・決定権)にある以上、かかる選択・決定権が侵害されているか、否かが重要なのである。従って、精神的自由と経済的自由を区別する意味は無い。
経済的自由権が精神的自由権になんら劣らない場合は存在する
N昭圓密接に関連する場合、同様に扱うべきなのにそれが為されていない
長谷部
ヾ愀犬覆ぁ陛外れな批判である)
他の者の人権と貞即する危険性は精神的自由権のほうが高い?
A螳磴あり、同様に扱う必要ない
(2)
井上が妥当であると考える。なぜならば、完全に精神的自由権は厳格に、経済的自由権は緩やかにと、割り切れる問題ではないと考えるから。

設問7
個人の尊厳?

設問8
国民主権の意義を権力的景気のみならず、正当性の景気も含めて考えれば、具体的意思の反映まで要求せずとも、国民の意思は常に反映されている

設問9
裁判所に対する民主的統制は国民審査による消極的・歯止め的なものにとどまる。
その他には裁判所に対する民主的統制は憲法上規定はない。
たとえ政治過程を通じて任命されるものであっても、それはあくまで政治的なものであり事実上の藻に似すぎない。よって憲法上意味を持たない

設問10
可能だが、人権保障にとって危険な行為である。故に、これまで憲法改正の手続きに関する法律は定められなかったし、之に対する反対運動も起こった。

第2節 思想・良心の自由

設問1
田中・・・信条説(民訴法733条の謝罪広告は謝意が無くても有効である以上、信条とは無関係)
藤田・・・内心設(ぜひ弁別の判断を含む内心領域一般を広く含む→「良心」の侵害)

設問2
信条説・・・保障の範囲狭いが、保障の強度は強い。
内心説・・・保障の範囲は広いが、保障の郷土は弱い。

設問3
論証吐き出し。(思想良心の自由は表現の自由、学問の自由との関係で一般法的な立場にあり、これらと内的関連性を有するものであると考える。そこで、信仰に準ずる世界観、主義、思想、主張等を対象にするものと考える)
あるいは、
間接強制により謝罪広告させる必要性
謝意を伴うことを要しないという許容性
などから理由付ける。

設問4
人格の核心を害する場合、強制は認められない(高橋「立憲主義と日本国憲法第2版P162)

設問5
軽微の謝罪は「良心」に含まないという意味か、
表面的な謝罪文言は「良心」に含まれないという意味か明確ではないが(前掲高橋P162)
謝罪広告事件同様妥当

設問6
妥当。
たとえば、報道機関など、一定のイデオロギーに加担するものが就職することが望ましくない職種がある。かかる職種についてはよりいっそう、労働者の思想の調査を行うことを許容すべきこととなる

設問7
本人の思想、信条を推知させるものは裁量の範囲を超える(高橋P165)

設問8
(1)
教育権の所在が問題となる。この点、教育は本来私事性を有することから、第1次的には親及び、委託を受けた教師に存すると解すべきである。もっとも、教育の機会均等、巣移住に字の必要性から、必要かつ相当な範囲であれば、国家の介入を認めるべきである。具体的には対抗的基準にとどまるものであれば、国家の介入を認めるべきである
(2)
妥当(水準維持・機会均等)
(3)
不可能。前述の教育権の所在から導かれる
(4)
対抗的基準の範囲といえるか否かの限界事例か?
判例は、思想良心の自由の侵害の有無をもっぱら問題とし、外部的表明に対する制約である以上、かかる侵害は無いとして19条に反しないとした。

author:, category:ケースブック憲法解答, 20:48
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